磁器(石もの)  

磁器(石もの)

磁器は、陶土(白色粘土、陶石・珪石・長石の粉末など)を原料として1300℃~1400℃の高温で焼成する焼物です。硝子と似た原料をしっかりと焼き固めるので、完成品は硬質でガラスに近い特徴を持ち、陶器と違って水を吸いません。

磁器の特徴
★硬く、なめらかで、冷たい

・陶器よりは頑丈で壊れにくい
・釉薬を施す前の素地でもほとんど水を吸わない
・叩くと金属音に近い高く澄んだ音がする
・陶器のボテボテした重厚感と反対に薄手でスマート
・半透光性。薄い部分は光を通します
・陶器表面がザラザラであるの対し磁器表面はツルツルなめらか
・陶器に比べ熱を伝えやすい。冷たい感触
・長石、白色粘土で素地が白い

こうした特徴から磁器を「石もの」と呼びます。

磁器は清潔感がありますので、あらゆる料理に最適です。 弱点である熱伝導も、技術の進歩である程度防げるようになって、温かいものを入れる器としても使われ、今では四季を通じてあらゆる用途に使われます。陶器(土もの)の外見を真似るなど朝飯前になってますね。

陶器やガラス器が太古からあったのに比べ、磁器の発明は比較的遅く、始まりは11世紀の中国・北宋だと云われている。特に有名な産地は景徳鎮。
(原初的な磁器は紀元前から存在し後漢時代(西暦25 - 220年)にはかなり本格的な磁器が焼かれていた)
その技術は朝鮮半島に伝わり、高麗でも青磁が作られた。

磁器が日本に伝わったのは17世紀だと云う。
1592年豊臣秀吉の文禄の役で朝鮮に出兵した肥前佐賀藩の藩祖、鍋島 直茂(なべしま なおしげ)が朝鮮から連れてきた陶工・李参平(金ヶ江三兵衛)が有田東部の泉山で開いた天狗谷窯。そこで焼いた白磁器が始まりだとされる。
これが有田焼の起こりで、1616年(元和2年)の事であった。300年前の17世紀である。

以降肥前国では磁器製造が盛んになり、「有田焼」「三川内焼」「波佐見焼」などの【肥前磁器】は人気を呼び、各地に出荷された。その主たる積み出し港が「伊万里」だったことから肥前磁器は【伊万里焼】と呼ばれるようになる。

1656年、中国は王朝が明から清にかわり貿易港を閉じたため、欧州各国が伊万里で磁器を買い付ける様になり、海外への輸出も盛んになる。

初代酒井田柿右衛門が乳白色(濁手)の地肌に赤色系の上絵を焼き付けるという柿右衛門様式を確立。濁手のほか、金襴手、錦染付なども生まれ伊万里焼は高い評価を得た。

一方で鍋島藩は藩直営の窯を開き(藩窯)、藩主の所用品や将軍家・諸大名への贈答品などの高級品を製造、これが「鍋島焼」(伊万里様式に対して鍋島様式という)である。

磁器製造は九谷、砥部にも広がり、加藤民吉により瀬戸にも伝わった。明治頃には磁器は瀬戸で大量生産されるようになり、庶民の間に広まっていった。

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